2017/05/02

神社で願い事をしなければならないのか?感謝の気持ちをもつということ

 

 

こんにちは。めがね税理士の谷口です。

神社のことが書きたいなあと思いつつなかなか書けなかったので、いい機会なので少しだけ書いてみたいと思います。

あくまで個人の考え方ではありますが(^_^;)

 

 

願いごと一切しない時代

私には、むかし、神社では必ず願いごとをしなければならない、という思い込みがありました。

それでいて、

「望みが叶うかどうかはすべて自分の努力次第。だから叶わなければ自分のせい、叶えば自分の努力のおかげ」

といった傲慢な心持ちが私にはあったのです。

だからある時期まで(たぶん25歳ぐらいまで)神社に行って願いごとをしたことがありませんでしたし、「今後もするつもりはない」とうそぶいていました。

 

私は別にそれでいいのですが、困ったのは私が当時つきあっていた恋人でしょう。

旅行先に行って、せっかく有名な神社へ行っても、私が頑なに「いや俺は願いごとしないから」と意地を張っていたので、多分彼女は相当呆れていたことと思います(^_^;)

 

 

 

妻に言われて気づく

でも私の時間の経過による変化もあったのですが、妻(当時は恋人)に出会って教えられました。

「別に必ずしも願いごとをする必要はないよ。ただ、ありがとうって気持ちでいれば、それでいいんじゃないかな」

この言葉を聞いて私ははっとしました。

 

うまく行ったらみんなのおかげ。悪いことがあったら自分を振り返って反省する。

 

それでいいんじゃないか。その言葉をきっかけにそう思えるようになったのです。

(あまり自分を追い詰めすぎてしまうのはよくありませんけどね)

 

以来神社に行くように

ということがあってから、神社を見かけたらご挨拶するようになり、おまいりするのが心から好きになれました。

ただ手を合わせて、呼吸を整え、感謝の気持ちを持つ。

 

また、私はもともと木を見たりするのが好きでしたし、神社の境内ってやっぱりすごく特別な空気感があるんですよね。

その好きだという気持ちを思い出せたことも、すごくよかったです。

足もとにあったものを拾えた感覚といいますか。

そうやって好きだと思える空間にいて、ゆっくりとした時間を持てる、坐禅にも通じるところがありますが、そう心を整える時間を持てることもまたありがたいことだと今は考えています。

 

 

 

 

イメージで嫌うのはもったいない

このようにイメージでなんとなく敬遠していたものを、一旦受け容れれたら好きになれることって、誰にでもあることではないでしょうか。

イメージで何かを遠ざけるのは、自分の世界を狭めること。

そう気づかせてくれた神社のことが、私は好きです。

 

 

脱走

↑ 宗派もちがうし感謝もない

 

 

 

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読んでくださってありがとうございました

 

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