2017/04/27

坐禅していいことあった?答えは「特にない」(2016年9月時点)

 

 

先日の『尊敬はするが崇拝はしない』の記事で坐禅について書きました。

それをきっかけに「坐禅を始めて変わったことあったかな?」と考えてみたところ、

  • 坐禅のおかげで大金持ちになれました!
  • 坐禅のおかげでスティーブ・ジョブズに似てきました!
  • 坐禅のおかげで彼女が6人できました!破産寸前☆

といったことはもちろんなく、現時点では「特にない」という結論に至ったのですが、「しばらく坐禅を続けてみよう」という気もちにはなっているので、一応考えてみたことをまとめてみます。

 

坐禅を始めた経緯

夏目漱石が好き

私は夏目漱石が好きで一時期そこそこ読んでいたのですが、彼の小説には禅語(ぜんご。禅の言葉)がときどき出てきます。

私には夏目漱石への憧れがありました(あります)ので、はっきりとは覚えてませんが禅語や坐禅にもそこの影響があって漠然と興味を持ちはじめたように思います。

あと禅語って漢字の読み方が独特で、私には「漢和辞典をめくりいろんな漢字を見てはニヤニヤする」という気もちの悪い時期が昔あったので、そこも面白いなあと感じる源泉ではあったのかもしれません。

 

といっても、夏目漱石自身がガッツリ禅に取り組んでいたわけではなく、鎌倉の円覚寺というお寺で少し坐禅をしていたことがあるものの、習慣的に坐禅をするまでには至らなかったようです。

和尚にわけわからん質問されて自分なりに悩んで答えたら軽くあしらわれた、みたいなやりとりが『門』という小説に書いてあります。

 

あとはApple創業者のスティーブ・ジョブズさんが禅に取り組んでいたのは有名な話で、「なんとなくすごそうだ」ぐらいの権威付けはあったような気もします。

いえApple製品全然つかってないんですが。日本人によくある権威主義的なもんでしょう。

(ジョブズさん晩年に始めたのかと思って調べてみたら、大学生のときにはもう心酔してたんですね。長い)

 

30歳のときに初坐禅

坐禅に早いも遅いもないので年齢は関係ないのですが、30歳のとき、2015年11月に初坐禅をしました。

そのときの感想は「めっちゃ足痛い。足の裏つった」です。

 

初坐禅をしたのは、そのときお客さまだった、私の1歳上の尊敬する社長さんが「経営者が集う坐禅の会」みたいなものに毎月通っていて、「僕も行ってみていいですか?」とお願いしたというのが経緯です。

お願いしたのは、

  • 坐禅をやってみたかったけど、知らない所に一人で行く勇気がなかったから
  • この社長さんが続けているんだから何かあるんだろうと思ったから
  • 経営者が集まる会に行くのに慣れておきたかったから

というのが理由です。

 

月に一回するかしないかの時期

上述のように2015年11月に初坐禅をして、月一回の坐禅すらサボり次に行ったのが2016年2月。

それからも2カ月に1度程度、その会に参加するときしか坐禅をしていませんでした。

前に勤めていた事務所が忙しかったからというのもあるのですが、まあ言い訳でしょう。

 

現在は一応毎朝

というニワカでふまじめもいいところなのですが、2016年9月10日から、自宅でも起きた直後に5分程度の坐禅を始めました。

現在は2週間続いているということになります。

今の気もちとしては当面続けてみようというところです。

 

 

 

坐禅の効能

冒頭で述べましたように、今のところ感じている効果は「特にない」ということになります。

「ふまじめで効果もないのになんでやってんだこいつ」と思われるところでしょうが、

  • なんとなく好き
  • 朝やるとなんとなく落ち着く
  • 夏目漱石経由の漠然とした憧れが残っている
  • 穏やかないい人間になりたいなあ、と思っているのでそのうちならないか期待している
  • 「只管打坐(しかんたざ)」という禅の言葉がある(後述)

というのが当面続けてみようと思った理由です。

 

ここはセルフブランディングを兼ねて坐禅の効能を吹聴し、いかに自分が立派な人間かをとうとうと述べるべきか、とも思ったのですが、私は立派な人間ではないのでやめました。

坐禅をやっているからといって即いい人間になれるわけでも、明晰な智慧(ちえ)を即得られるわけでも、スティーブ・ジョブズになれるわけでもないのでここは注意が必要です。

(即どころかこのペースでいくといい人間になれないまま終わるかもしれません)

 

 

 

禅語の紹介

せっかくなので私が「いいなあ」と思った禅の言葉をいくつか紹介しておきます。

 

只管打坐(しかんたざ)

  • 只管(しかん) … ひたすら
  • 打坐(たざ)  … 坐禅する

たぶん流派によるんでしょうが、曹洞宗の開祖である道元(どうげん)さんは

「とりあえず坐禅しとけ。そうしたら見えてくるもんもある」

というようなことを言っていたようです(思いっきり意訳です)。

 

道元さんは「語録も読まなくていいし、焼香とか礼拝とかもいらんし、念仏も別に唱えなくていいよ」ということも言っているので、ニワカMAXの私としては

「なんもいらないんならとりあえず坐禅してみるか」

と、この言葉のおかげで気楽に始めてみているところもあります。

 

 

相対から絶対へ

  • 相対 … だれかと比べるということ
  • 絶対 … だれとも比べないということ

「だれかと比べてちゃだめだよ」というのが禅の基本的な考え方です。個人でも、会社の経営でも同じことですね。

これを知って少し楽になったところもあります。

たぶんもっと深い言葉なんでしょうけど、現在の私はこれぐらいの理解です。

 

 

脚下照顧(きゃっかしょうこ)

  • 脚下(きゃっか) … 足もと
  • 照顧(しょうこ) … よく見よう

これは夏目漱石の小説でも出てきた言葉ですね。

「相対から絶対へ」にも通じますが、まわりのどこかでなく自分の足もと、自分が立っているところ、自分の内側に目を向けようよ、という言葉です。

脚下を照顧せよ、とも言います。

 

 

直心是道場(じきしんこれどうじょう)

これは今月のその坐禅の会で出てきた言葉です。

直心(じきしん)がうまく意訳できなかったのですが、全体を意訳すると、

  • Aくん「まわりが騒がしいから坐禅に集中できません」
  • 先生「ほうほう。Bくんは?」
  • Bくん「私は大丈夫です」
  • 先生「なんで?」
  • Bくん「心が定まっていれば、そこがどんな場所でも、いまここに自分がいるからです」

というような感じでしょうか。

(先生いらなかった)

 

これは勉強でも同じですし、仕事でも同じですし、今の職場に対して「この環境だと自分の能力が発揮できない」などと思っているときも同じことが言えます。

私はAくんのように「騒がしいと集中できない」と言うタイプなので、それはただ修行が足りなかったからなんだなあとこれを読んで思い直しました。

 

 

 

おわりに

というわけで坐禅のもろもろについて書いてみました。

具体的にどういう坐り方をするのか、何に坐っているのか、などは機会があればまとめてみたく思います。

 

なお,やたらスティーブ・ジョブズさんに言及していますが、それは友人に「坐禅したらおれもスティーブ・ジョブズになれんの?」と言われたからです。

ハゲてから出直せ。

 

 

 

 

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読んでくださってありがとうございました

 

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