2017/05/02

「自分は変わっている」だなんて思う必要はひとつとしてない

 

 

「私って変わってるから」

「私はこういう意見なんだけど、これって少数派らしくて」

意味合いはそれぞれですが、こんなことを思ったこと・人に言ったことはありませんか?

でも「自分が変わっている」なんて気に病む必要はまったくないんです。

 

 

「自分は変わっている」と自信をなくしてしまっているあなたに

 

人は誰もが変わっています。いわゆる「普通の人」なんて世の中に存在しません。

あなたの知ってるいろいろな人を頭に思い浮かべてみてください。

一人でも、「この人はなにからなにまで普通の人」と思える人がいますか?

  • あの人はここがすごい
  • あの人はああいう所を直してくれればなー

いい・悪いの話ではないんです。

なにかしらの「その人だけの特徴」が見つかりませんか?

 

いいや悪いではなくそれもその人の個性です。

誰もがみんな持っています。

着飾る必要も、あえてアピールする必要もなくにじみ出る個性を我々はみんな持っています。

 

あなたは「自分は変わっている(からうまくいかない)」と悩んでいるかもしれませんが、「変わっている」のはあなただけではありません。

みんなが変わっているんです。

 

いい・悪いも相対の話、一面から見た場合の話に過ぎません。

誰かから見た悪い面は、ほかの誰かから見ればいい面になることもあるし、その逆も当然あります。

 

あなたが気に病むその「変わっている所」は、ある誰かから見れば必ず「いい所」になります。

あなたが気にすべきは「変わっているかどうか」ではなく、自分の言動を、振る舞いを真摯に振り返ってみて、もし

「ここは直したほうがいいな」

「ここは直したいな」

と思うのであれば直せるよう努力すること。言葉を、行動を一つ変えてみること。

そうした「自分自身を見つめた振り返り」、もう少し魅力的な自分になる何かを、いま、一つすること、それだけです。

 

 

 

自意識過剰な意味での「自分は変わっている」

 

また、その「自分は変わっているから」に、(だから普通の人とは違うんだ)という優越意識を、ほんの少し隠していませんか?

もしそうであれば、あなたが基準にしている「普通の人」なんて実は存在しません。みんなが変わっているんだから優越意識の根拠にはなりません。

その「自分は変わっているから」を、自分のダメな所、本当は直したほうがもっともっと魅力的になる所を、見ないでいるための言い訳にしてはいませんか?

 

「変わっているかどうか」と考えることには、有益な意味がひとつとしてありません。

「変わっているか」というのは誰かと比べないかぎり認識できません。

それは身のまわりにいる誰かかもしれないし、自分が勝手に描いた「普通の人」かもしれません。

 

でもなによりも大切なのは間違いなくあなた自身です。その比べた先の誰かではありません。

あなたがするべきなのは誰かと比べて落ち込むこと、安心することではありません。

きちんと「いま」「ここにいる」自分自身を認識して、「いま」「なにをするか」を考えること。「いま」「ここ」に集中すること。

誰かと比べて「自分は変わっている」と気にしてしまったとき、言い訳にしてしまったときは、そのことを思い出して、目をつむり、一度深く呼吸をしてみてください。

大丈夫、あなたは魅力的な人ですよ。

 

 

 

 

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この「誰かでなく自分」というのは、「相対ではなく絶対」を基準にする禅の考え方です。

禅の考え方をもとにこんな記事も書いています。⇒『人と比べなくていい、自分とさえ、比べなくていい』

 

 

 

 

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読んでくださってありがとうございました

 

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