「おまえ、税理士なんだからさ」

 

 

「おまえ、税理士なんだからさ」

 

薄暗いバーで、並んで酒を飲んでいたとき、彼は唐突にそう言った。「どうしたんだよ、突然」僕は笑ってウイスキーが入ったグラスを軽く振った。満月を思わせる真ん丸な氷が、カラカラという、夜と調和した音を鳴らす。僕はそれを見つめたあと、ぐいと飲み干した。琥珀の液体がのどを焼き、僕は、「これだよ」と思う。のどを焼きたくなる夜が、大人の男にはある。

 

「おまえ、税理士なんだからさ。下ネタを書くのはやめろよ」

 

彼はさらにそう続けた。僕(大人の男)は思わず激昂した。

 

「たしかに、僕は実名で、

『「アンインストール」という言葉の意味さえ知らなかったあの頃のぼくら』

『お姉さんが脱衣していく麻雀と向き合った16歳のあの夏』

『Evernoteのロゴの象ってなんかエロい目してない?』

などといった記事を書き、世の税理士の品位を損ねていると顰蹙を買っている。中でもアンインストールの話はわりと評判がよくてとてもうれしい。ありがとう。しかしだ、僕は、自分を売らなくてはいけないんだ」

 

空になったグラスを、もう一度あおる。気持ちを落ち着けるため、息を吐き、マスターにグラスを掲げ同じものを求める。マスターはこくりとうなずくと、グラスを取り、僕のメガネにぺとりと指紋をつけて離れた。なんでいま指紋つけたの?

 

「僕は、自分を売らなくてはいけないんだよ」改めて来たグラスを両手で包みながら、目を伏せ、重ねて告げる。「人に、覚えてもらわなくてはならないんだ。ネットの情報は、『海』という比喩がちっぽけに感じるほど、情報があふれているじゃないか。『人に覚えてもらう』ということがどれほど大変か、君にはわからないんだろう。サラリーマンの君にはさ!」

 

勢いのまま言ってしまい、僕はハッとした。日ごろ、「サラリーマンだろうが独立した人だろうが貴賤はない」などと言っておいて、僕の根底には、同時に「独立しなければわからなかったことがたくさんあった」という思いも渦巻いていることが、自覚できた。どうフォローすべきかまごついていると、彼は品よく酒を口にふくんで言った。

 

「たしかに、わからないよ。でも、下ネタ書いて覚えてもらってもさ、『あの下ネタの人』ってなるだけなんじゃないの? 仕事につながるの?」

「ふふ、君は浅はかだな。『あの下ネタの人』だったら、たしかになんにもならないかもしれない。でも、『あのちょっとぶっ飛んだ話をブログに書くやつ』『そこそこおもしろいよ』って言ってもらえたら、うれしいだろう!!」

「うれしい」

「そう、うれしい」

「仕事は?」

「いや、あんま関係ない」

「『自分を売らなくてはいけない』ってなに?」

「ノリです」

「ノリ」

「じゃああの下ネタのさ」

「ちょっとまって」

「なに」

「『下ネタ』って言うのやめてくれない? 僕の品位が損なわれるでしょ。『いかがわしい話』って言って」

「いや『いかがわしい話』にしたところで品位は底辺だよ」

「そうかな」

「脱衣麻雀の話を『下ネタ』と言わず『いかがわしい話』にしたら品位が回復すると思う?」

「思う」

「底辺だよ」

「2回目だね。一日に『底辺』と2回も言われたのは人生ではじめてだよ」

「何回でも言ってあげるよ。底辺底辺底辺底辺底辺」

「あーあー聞こえませーん」

 

僕が小学生のような振る舞いで両耳を手で閉じたり開いたりしていると、目の前にマスターが来ており、ニコリと笑うと僕のメガネにぺとりと指紋をつけた。いやさっきからこれなんなの。

 

「いや、でも、実際のところさ」僕はまたひと口ウイスキーをあおった。「下ネタが猛烈に好きなわけでもないんだよね」

「いま自分でも下ネタって言ったね」

「なんていうのかな、実際に会って話してるときに僕のブログネタを掘り下げられるとヤバいなと思うんだよね」

「まさかのスルー」

「たとえばさっきの『アンインストール』で話したみたいなさ、エロゲーとかもやったことはあるんだけど、そんなに経験豊富なわけでもないから、『やっぱあの時代はKey作品だよな』って言われても『ONE~輝く季節へ~』ってゲームしかやったことないんだよね」

「やったことはあるんだ」

「あのゲームはですね、とても深くてですね、メインヒロイン的な女の子といい仲になったあと、なぜか一転して冷たい対応をしないと話が先へ進まないんですね」

「ぐいぐい来るね。おれは知らないからその話はいいよ」

「普通に優しい対応してるとゲームオーバーになるので『なにこれ』という混乱もまたその後のスパイスになる、そういうところに僕はグッときたんですな」

「お願い聞いて」

「ただ、詳しい人からすれば『あれ、ぜんぜん知らないなこいつ』ってなっちゃうし、知らない人からすれば『なにこいつ』『キモい』って思われてもやむなしだし」

「いまのぼくはまさにその気持ちだよ」

「ということで、『こいつ下ネタ好きなんだろうな』という前提で話されると、『あ、すみません、全然知らないんです……』ってなるの。あと、ナンパもできたことないし(しようと思ったことはある)風俗店にも行ったことないし(行こうと思ったことはある)TENGAも使ったことないし(買おうと思ったことはある)、性に対する知識も欲求もそんなにないんだよね」

「見てるとカッコ書きから欲求だけは強く感じるけれどもね」

「いや全部独り身のころよ。あとあれだね、『xvideos』知ってるでしょ? みたいにいかがわしい動画サイトを直接言わないでほしい。当然知ってるでしょ的な感じでくるのもやめてほしい。知ってても知ってるとは言えない、『それ、エックスビデオじゃなくて、クロスビデオって読むんだぜ』とはとても口には出せない、それがむっつりすけべなのだから」

「謎の誇る感じもやめろ。でもそんなこと言ってていいの?」

「なにが?」

「お客さんのお母さんから、『どんな税理士に頼んでるの』って聞かれておまえのサイト教えたら、『ずいぶん、特徴的な人みたいね』ってドン引きコメントがあったらしいじゃん(実話)」

「それは『申し訳ございません』と詫びることしかできない案件だよね」

「しかも『電話番号ものせてないなんて考えられない!』というお叱りがあったとか」

「まあ、年代によって求めるものは違うよね。ターゲット層じゃない方からどう思われても、まあ、しかたないというか。申し訳ございませんとは思うけれども」

 

彼と僕は、こんなくだらない話をして、更けていく夜の中に溶けていった。

冒頭で書いた「のどを焼きたくなる夜が、大人の男にはある」を、伏線にしてオチにしようと思ったものの、特に何も思いつかずどうしてこんなのがオチになると思ったのか自分を小一時間問い詰めたい夜も、たしかにある。

僕たちは、そして僕たちのメガネは、ときどきマスターに指紋をつけられながら前が見えなくなっていくのを感じていた。

それは酒が想定以上に回ってしまったからなのか、マスターの指の脂でレンズがギットギトになり視界がぼやけているだけなのか、溶けてしまった僕にはもはや何もわからなくなっていた――

 

 

 

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<お詫び>

すみませんなんだろうこれ。

新型コロナウイルスの関係で、世間の暗い雰囲気とどうもギスギスしたものを感じており、

「いやだぁぁぁぁぁぁくだらない話が書きたいよぉぉぉぉぉ」

と世間のみなさまにほんの少しでもクスリとしたものを提供できればと思ったのですが、私、こういう雰囲気をもろに受けちゃうタイプでして、結局振り切ることもできずによくわからない話で終わってしまいました。完全なる失敗作。

もうこの雰囲気にやられて1カ月もブログが書けず、少し書いてはお蔵入りし、少し書いてはお蔵入りし、といったことがつづいております。

仕事のほうもかなりバタバタしており、はふんという感じです。睡眠時間削ってこれ書いてます。バカなの?

GASの話も、書きたいネタだけが溜まってゆくし、異世界小説もぜんぜん書けない。

 

なお、会話形式で書きたくなっただけで、この「彼」は実在せず、

「おまえ、税理士なんだからさ。下ネタを書くのはやめろよ」

などと言ってくれる心優しい紳士は存在しません。

むしろ「うはは、もっと書け」と煽ってくるド変態のほうが多いです。

貴様ら、私の信用というものを考えろ!!!!

 

最後のほうの(実話)と書いたやつだけ、脚色はしているものの半分実話です。

普通に引かれたっぽくてご紹介いただいた方には大変申し訳なく思っております。

ちなみに私、バーみたいなオシャレなところにもひとりでは行けません。

メガネに指紋つけられたら嫌だものね。世の中のバーって怖いわ。うふり。

 

 

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<追記:お詫びのお詫び>

本文中で『xvideos』は「クロスビデオだ」と書いたのですが、Wikipedia尊師によると、

公式には「エックスビデオズ」である
出典:wikipedia

とのことでした。いかがわ博士こと、ととおパイセンにTwitterにてご指摘、もといお導きいただきました。パイセン、ありがとうございます。

(ほかのサイトを見ると、「どう読むの?」と運営会社に問い合わせされた方がいらしたようで、「エックスビデオズ」という回答がきたという噂です)

 

昔、どこかで「クロスビデオって読むんだぜ、にわかさん」と煽られたことがあり、わたくしすっかりそれを信じ込んでおりました。

本来真摯に向き合うべきであるいかがわしい知識に検証を加える姿勢がまったく足りていなかったこと、深く恥じ入るとともに、紳士たる諸兄に深くお詫びいたします。

 

何名か「エックスだと思ってたw」とお声をいただき、「ははは、知らなかったのだね」とむっつり優越感を抱いていたのですが、なんのことはない、わたくしがただただ間違えておりました。

『【悲報】括約筋のおとろえ』でも申し上げたことではございますが、「心からお詫び申し上げる」といったところで、それは言葉だけ、上辺だけの響きを与えてしまうこととなりましょう。

紳士たるみなさまに真心をもって、わたくしの謝罪の気持ちをお伝えすべく、みなさまには、わたくしの括約筋よりお詫びを申し上げます。

まことに申し訳ございませんでした(恥じらいつつ両手で尻を開きながら)。

 

 

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