こんにちは。めがね税理士の谷口(@khtax16)です。

 

昨日テレビを見ておりましたら、

「11年間で11人の彼氏がいた」

という娘さんが出ておりました。

 

いえ、まあ、それに対して申し上げることも特にないのですが、『プロフィール補足 18歳~20歳編』でも書いたように、私が通っていた専門学校は少々ヤンキーの巣窟であったというか、「ウェーイ」みたいなチャラいノリが少々垣間見えるところでした。

まあ私も少々の「ウェーイ」系なんで(嘘です)よかったのですが、そこで聞いたのが、

「おれ、もうすぐ経験人数100人だぜ(ウェーイ)」

という言葉。

 

はたしてこの言葉、万人が目指すべき性質のものなんでしょうか?

 

彼女の数や経験人数を自慢されると「すげーな」と思う

 

まあ私も「狩人」と書いて「おとこ」と読む生き物ですから、

「いままで彼女30人いた」

とか、

「おれの彼女ロシア人美女」

とか言われたら「すげーな」とか「どんなテクニックがあるのやら(ゴクリ)」とか畏敬の念に似たものを感じるところはあります。

 

こう、狙った獲物を確実に仕留める的な話を聞くと、「動物として自分より上なんじゃあるまいか」というような念が本能的に萌(きざ)すわけですね。

いや全男性がそうとは言いませんけど。

 

特に私は23歳までキッスのひとつもしたことがない純情ボーイでしたから、なおのことそれに対する言葉や概念を持っていなかったわけです。

しかしそんなある日、当時ときどき聞いていたラジオからこんな声が聞こえてきました。

 

 

「一人の女性に対して突き詰めることが大事」

 

「彼女が何人いたとか経験人数何人とかなんの自慢にもならない。たった一人の女性のからだを突き詰めて、たった一人をいかに悦ばせることができるか、それが大事なんだ」

 

あ、突然すみません夜の営みの話です。

夜の営みの話なんですが、極楽とんぼの加藤浩次さんがラジオでこんなようなことをおっしゃっていました(10年以上前でめちゃくちゃうろ覚えなのでご注意を)。

 

私はこれを聞いたとき非常に感銘を受けました。

たしかにそのとおりだと。

どこが気持ちいいかなんて人によって違うんだから(キッスもしたことありませんでしたけど)、やみくもに探し求めるのではなくたった一人と出会えればそれでいいじゃないかと。

そしてその人に対する探究心を失わないようにすればそれでいいんだと。

霧が晴れたような心地になりました。

 

それ以来私は、

「おれ、もうすぐ経験人数100人だぜ(ウェーイ)」

とか、

「きのうナンパしてお持ち帰りした子がさ(ウェーイ)」

とかいう話を聞いても、

「ははは君らは依然多数を求めているがいい。僕は君達とは違うところを目指す(キッスもしたことないけど)」

という穏やかな気持ちでいることができるようになりました。

いや血の涙なんて流してないですよ。

ちょっとレンズが赤く濡れて前がよく見えないことはありましたけど。

 

 

自分がなにを目指すのか知り、修正をしていく

 

この話はつまり、

  • 彼女の数を自分の誇りとするのか
  • 一人の彼女とすごした時間と経験を誇りとするのか

という違いについての話ですが、別にどちらが正解というつもりはありません。

 

『妻が好き』などという記事も書きましたが、私は妻と会えたしキッスぐらいはどうにかギリギリ済ませられたし、「自分としては幸せである」という観念があるだけです。

その一方、私は知り合った子にデートに誘ったり告白したりは比較的容易にできますけど、ナンパなんて何度しようと思ってもできなかったへたれ小僧(多数を求めてるやんけ)なので、いまでも息をするようにナンパできる人とか「すげーな」とほんと思います。

 

 

これは仕事、特にフリーランスや経営者の方についても一緒で、

  • 売上をひたすら伸ばしていくことを目指すのか
  • 自分が満足できる生き方や働き方を目指すのか

という違いであり、これもどちらが正解ということはありません。

 

大切なのは自分がなにを目指すのかを知ること、そしてそれに無理が生じてきたときに意地を張らずに方針を修正できること、ではないかという気がしています。

「なんとなく彼女100人欲しい」「なんとなく売上が大きいほうがかっこいい」などと自分の軸もなく多数に流されるのが一番よくないことでしょう。

 

こういう話題になるとよく、

「ただ負け惜しみを言っているだけだ。多数の彼女がおり、売上が多大なほうがオスとして経営者として間違いなく優れている」

という論調になる方がいらっしゃいますが、どんなことであれ無用に他人を攻撃する人(攻撃することで相対的に自分の地位を高めようとする人)は人間的に醜いと私は思っています。

 

いずれにせよ攻撃するのも醜いと思うのもひとつの価値観でしかありませんので、自分の軸を知り、見つめ直すことを忘れないようにしたいものですね。

めがね。

 

 

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<あとがき>

締めの言葉で「めがね」というのがマイブームになっています。

おそらく「じゃあね」的な意味合いです。

多分そのうち飽きてやめるので少々我慢していただけましたら幸甚に存じます。

 

 

 

 

 

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