ごきげんよう押し売り弱い系メガネの谷口(@khtax16)である。

 

ふと、私がはじめてスーツをつくりに行った日のことを思い出した。

 

あれは私が18歳ぐらいの、まだウブな少年だった日のことである。

 

たしかであるが、私は専門学校の入学式に出席するため、スーツが必要になった。

中学も高校も制服だったので、スーツなどというオシャレファッショニスタ御用達(ごようたし)の品にはとんと縁がない。

 

スーツといえば大人の証。

 

そんな程度の認識しかなかった私に、スーツを買いに行くというのは高く険しい難事業であった。

 

ただでさえ行きづらいスーツ屋さんであるが、その中でもまだ行きやすいのではと候補に挙がったのが某スーツ量販店(アオヤマとかアオキとかコナカとかあのへん)である。

 

同じく専門学校への入学が決まっており、同様にはじめてスーツが必要になったTくんと私は一緒に買いに行こうと打ち合わせた。

われわれはお店へたどり着くと、店先で顔を見合わせ、ゴクリと唾をのみ戦場(スーツ量販店)へと足を踏み入れる。

 

ここで諸君に強調しておきたいのが、はじめてのお店へ入るとき重要なのが ナメられてはならぬ ということである。

 

私とTくんは生まれてはじめてのスーツ選びにもかかわらず、

「うーん、なるほど。今季はこのデザインね」

「見たまえ。こいつはなかなか攻めたデザインじゃないか」

「攻めればいいというものじゃない。守破離の守、基礎があってこその破であり離だ。これはおそらく若いデザイナーの勇み足だよ」

などと 商品に対する批評をつぶやきつつお店を回る ことにした。

 

これは「おれたちは一筋縄じゃいかないぜ」と店へ誇示せんがためである。

 

そしてその実われわれの脳内を占めていたのは、

「やばい、何を選んだらいいのか全然わからん」

という弱気であった。

 

お店としても、われわれの手強さを察したのか、恰幅のいい50代ぐらいのベテラン臭が芬々(ふんぷん)と漂うおじさんが寄ってきた。

 

「いらっしゃいませ。サイズ、おわかりになりますか?」

 

おじさんは、メジャーをのばしながらニコリと相好を崩すとわれわれにそう語りかけた。

 

私は思わず、

「あ、いえ、まあ」

と答え、「おいどうするよ」という視線で相談を交わすためTくんへ目をやった。

 

そしたら

Tくんは早くもおじさんと私から目をそらしているではないか。

 

思わずおじさんに応答してしまった私を、生贄に差し出すつもりかッ。

「おっ、このスーツちょっと好きかも」

じゃないよおれたちは二人でひとつだったはずだろう。二人力を合わせて生き抜き、並んでこの店を出ると誓っただろう。おいこっちを見ろ。

 

私が焦っている間にTくんは少しずつ離れていき、店員のおじさんはメジャーを伸ばしたり縮めたりしつつ迫ってきた。

「スーツはサイズが命ですからね。まず自分の正確なサイズを知らないと」

と私の目の前に立って言う。

 

「あ、じゃあ、まあ・・・」

先ほどの小生意気な批評はどこへやら、私は借りてきた猫のようにその身をおじさんに投げ出した。

 

もう、好きなようにしてッ。

 

気持ちとしては押しの強い男性に口説かれ押し倒された乙女のごときものであった。

 

するとおじさんは、

「この服じゃわかりにくいので、スラックスお貸ししますよ。あそこで着替えていただいて測りましょう」

と試着室を指さした。

 

メガネは激怒した。

メガネにはスラックスがわからぬ。メガネは、村の芋野郎である。「スラックス」などというオシャレ単語には人一倍に敏感であった。

 

と内心「知らん単語を使いやがって」と憤慨しつつ、しかし実際には「じゃあ、はい、まあ・・・」という引き続きお猫さま状態で試着室のほうへスゴスゴと歩いていった。

その手にはおじさんから渡されたスラックスを持って。

メガネの脳裏には、このときすでに、

 

スラックスを履いて計測される

「このスーツどう?」とすすめられる

「じゃあ、はい・・・」と言って着る

「サイズぴったりだね!」と言われる

「じゃあ、買います」と言わされる

 

という黄金お買い上げ道(ゴールデンロード)をありありと思い浮かべることができ、「おれこういうの断れないんだよなあ」というNOと言えない日本人の代表とも言うべき己の性格に絶望していた。

Tくんの姿はもはや見当たりもせぬ。

 

スゴスゴと入った試着室で、ノロノロと着替え、「どうですか?」というおじさんの声に、「あ、はい、着替えました」と答える。

あとは購入まで一直線だ。

 

そう思っているとおじさんはメジャーを手にし、私(メガネ)のウエストを測り出すと思わず知らずこう叫んだ。

 

「細いッ! こりゃあ細いねえッ!」

 

私はこのころ174cmで49kg台ぐらいの生粋ガリガリバディであり、たしかウエストも60cmなかった。私は「うるせえわかっとるわ」とおじさんへ毒づきつつ、こう答えた。

 

「あっ、はい、よく言われます・・・」

 

と。

 

ただ私は、「突然自慢か」と思われるのも心外なのであるが、ときどき、ごくまれに、「足が長めでスタイルがいい」と言っていただけることがある。

いや、「お世辞に本気になってやんの」という諸君の気持ちはよくわかる。よくわかるが、顔面のレベルが大したことないので私はわりとこのほめ言葉を己の拠り所としていた。

外見は評価のいち部分でしかないとわかってはいても、どこかに誇れる部分を持っていたいのが人情というもの。

それが私にとってはこのほっそりガリガリスタイルであった。

 

おじさんのメジャーが私の脚部へと移ると、私は内心で小鼻をふくらませた。

「細い」というマイナスの驚きがあったが、今度は「やや、これは、長いねえ」というプラスの驚きがあるはずだ。

ふふん、どうだおじさん。驚け。私の足の長さに驚きひれ伏すがいい。

 

私が期待に胸を躍らせていると、私の足を測ったおじさんはこう言った。

 

「ふぅーん⤵⤵」

 

と。

 

蚊の鳴くような声であった。

 

いやなんのコメントもないんかい!

 

私は激しいショックを受けた。

歴戦のメジャー職人であるおじさんが唸って終わったということは、私の足は大して長くなくコメントすべきことがないということで、私のいままでの自信はなんであったのか。

 

幻?

 

私がまさかのコメントなしに激しい動悸を抑えきれずにいると、おじさんは「ふぅーん⤵⤵」と引き続き蚊ボイスを発したまま私の腕の長さの計測に移った。

 

おじさんは、

 

「あっ、うーん。手は長いねえ。手は」

 

とつぶやいた。

 

手「は」とか言わなくていいから!

強調しなくていいから!

 

ただでさえ打ちひしがれてるところにやめて!

足は長くないのに手は長いとかどういうこと?

雑コラするとこんな状態(↓)ってこと?

 

 

るろ剣でいったら八ツ目無名異じゃん。

 

 

うそ、おれってるろ剣でいう八ツ目無名異(やつめむみょうい)だったの?

うそうそ、おれって足は長くないのに手だけが長い生物だったの?

普通手も長いんなら足も長く成長してくれてもいいんじゃないの?

 

っていうか接客業ならウソでも「手足が長いですねえ」って言ってくれてよくない?

 

なんなの意地でも手にしか言及しないその姿勢は。

職人としての矜持?

 

そんなんいいからおれの足をほめろやぁぁぁ!!!

 

という衝撃が私の中で処理しきれなくなり、私は測ってもらったあと「はい、じゃあ、またきます」と言ってTくんのことも捨て置いてお店から逃げた。

後日「まあ買わずに済んでよかったかな」と自分を慰めた。

 

私は手だけが長い生物であり、足の長さは普通という事実を内包したままいまもこの人間社会に生息している。

このブログもこの無用に長い手でほそぼそとしたためている。

 

ちなみに既成品のスーツだと、手に合わせると丈が長くなり、丈に合わせると手が出てしまうので、最低限パターンオーダーで買わないとちんちくりんになってしまうことがわかり、まあ、己を知ることは大事だなと思った。

 

突然の失速であるが以上である。

めがね。

 

 

 

○-○ ―――――――――――――――――

<余談>

当記事は、もりさんの『これって誰得?もりの身体情報を公開しちゃうぞ!』という記事を見て、

「あっ、そういえばおれって手が長いのであった」

と思い出したために書いてみただけの記事である。

 

「むだな時間だったじゃないか!」

という読者諸兄の怒りは十二分にわかるが、そういうときは

「まあこいつ手だけが長い生物だしな。くだらない生物がくだらない文章を書いているだけのことだ」

という賢者のような心境でおゆるしいただきたい。

だれがくだらない生物じゃい!!!!

 

 

 

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