ごきげんよう。めがね税理士の谷口(@khtax16)だ。

 

どうせ花金(花の金曜日)の夜なんかみんなあれだろう、飲みに行ってベロベロになって

「はーい、いまからキシリトールガムのモノマネしまーす」

とかいうクソ面白くもない一発芸やってゲハゲハやっているのだろうから好きな話を書く。

 

『友「メガネいくつ持ってるの?」私「2本です」友「少なっ」』でも書いたような、こんなに「めがねめがね」言っているためにときどき聞かれる質問のひとつが、

「やっぱ奥さんもメガネかけてるんでしょ?」

である。

 

私はもちろん胸を張ってこう答える。

 

 

「いやそんなの答えるまでもないじゃないですか。

 

 

コンタクトです

 

 

と。

(タイトルでネタバレしているのであれだが)

 

今日はこの謎について釈明したいと思う。

 

 

「奥さんメガネかけてなくてもいいの?」

私が「めがねめがね」あまりにも言うせいで、どうやら「関連するものすべてをメガネで満たそうとする」という印象が一部についているようだ。

 

そのため、私の妻にしても「当然にメガネをかけていて、メガネ夫婦」というイメージを抱かれている人も少なくないという(出典:妄想)

 

そんなところで私が「いや、妻はメガネかけてないんですよ」というと、「何か理由が?」と聞かれることもある。

 

そんなとき、一度「愛はメガネを超える」と答えたら驚くほどすべったことがある。

 

なぜすべったのか。

こうして文字に起こしてみると理由は明々白々。

 

びっくりするほどつまらないからだ。

(答えたときは「すげえ名言出したなおれ」と陶然としていた)

 

 

なぜかメガネ姿を見せない妻

書いてみたらおそろしくつまらなかったので、ここでむりやり終わろうかとも思ったのですが、薄ら寒い空気になる(というかすでになっている)ので、突然ですます口調になってもう少し続けます。

 

妻はコンタクトをつけていることもわかるとおり、視力が悪いのですが、それでも家ではメガネかけたりする方多いじゃないですか。

(コンタクトつけっぱなしだと目に悪いらしいし)

 

であるのに、最初のころはもうほんと一切メガネをかけなかったんですよ。

 

彼女とお付き合いをはじめて間もないころ、家にお泊まりすることがあって、そのとき何が楽しみってコンタクトを外してそっとメガネをかけるあの瞬間じゃないですか。

 

「うわあ、おれ、この子のメガネ姿とうとう見ちゃったよ」

そういう背徳感に満ちた喜びが脊髄を通って全身を駆けめぐるわけですよね。

 

であるのにほんと頑なに一切メガネ姿を見せてくれませんでした

 

 

メガネをかける姿≒すっぴん

あの「はじめてメガネ姿の彼女を見る喜び」って、何かに近いなあと思っていたんですけど、「すっぴんの彼女を見たとき」に似ているような気がします。

(当記事では、たとえ誰ひとり共感できてなかろうとも、「男はみなメガネ姿の彼女を見ると喜ぶ」という前提でお送りしております)

 

「すっぴんがいい」

などと男子がうかつに口に出そうものなら、

「お前ふざけんなよ。芸能人のあいつらが曝してんのは真のすっぴんじゃねえからな。すっぴんに幻想抱くんじゃねえ」

と女性陣からお叱りを受けることが多々ありますが、そうではなく、私が言いたいのは真のすっぴんの話で、

「この人が誰にも見せない素顔を、自分だけが知っている」

という特別感がいいのだと思うのですよね。

 

「女性はみなすっぴんがいい」という話ではなく、あくまで「自分の恋人のすっぴん」がいい、ということです。

「普段は身ぎれいにしているのに、家のなかでゆるんだ姿を見せてくれるのがいい」というギャップにくらりと来るわけなのです。

 

メガネもそれと同じですね。

「家じゃなきゃ見られないメガネ姿を、自分だけが見ることができている」という特別感にくらりふらりとするのです。

 

ただすっぴんに対して「かわいいよ」などと言い過ぎると、「化粧にどれだけの手間がかかっていると思うておるのだ」とむっとする瞬間もあるしいので、お化粧をしているときも「すてきだよ」と声をかけるマメさは忘れないようにしたいものですね(誰だ)

 

 

なぜ妻はメガネ姿を秘していたのか

そんな、時にエクスタシーさえ与えてくれるメガネ姿ですが、妻はうちへのお泊まりだろうと旅行だろうととにかくメガネをかけてくれませんでした

 

いやコンタクト外してるんならまだいいんですけど、コンタクトさえ外さず寝たりするんですよ。

私はライバル研究(コンタクトの悪しき点をネットで検索すること)を欠かさなかったので、

「コンタクトつけたまま寝ると目によくないらしいっすよ」

とコンタクトの悪評を折に触れて流していた(おさえきれない小物臭)のですが、ときどきコンタクト外して寝るときもメガネだけは絶対にかけない。

 

ここで名探偵コナン君並の頭脳を働かせた私は、「これは何かあるな」とピンと来ました。

・メガネをかけることで真の姿が現れてしまう(ラーの鏡的な)

・実は妻はメガネの妖精で、メガネの恩返しに私のもとへやってきた(特にメガネを助けた記憶はない)

・目の前でメガネに恩師を殺された過去があり、実はメガネへの復讐のために生きている

特に最後の理由であった場合、私は「メガネを取ればいいのか、妻を取ればいいのか」3日3晩考えるまでもなく普通に妻を取ります。

 

という生産性ゼロの妄想をしていたのですが、この記事をきっかけに、「なんで最初メガネかけなかったの?」と聞いてみたところ、

 

「いや、度が合わなくなってたから」

 

ということでした。

 

謎も面白みもオチもなく申し訳ございません。

(いまは買ったので普通にちょくちょくメガネかけてます。私はそのたびに「メガネ姿もかわいいね」と言いますが、リアクションは特にありません。メガネの頻度が増えるといった事実もございません)

 

 

でも言ったじゃんね!『友「メガネいくつ持ってるの?」私「2本です」友「少なっ」』で「視力変わるから」って!ほら!ね!こういうことっすよ!

 

 

 

結局妻がメガネじゃなくてもいい理由は何か

という100%意味のない回り道をした結果、「どうして妻がメガネじゃなくてもいいのか」を考えたところ、

「メガネをかけていてもいなくてもかわいいから」

という結論に達しました。

 

いえ、これはですね、うちの妻が絶世の美人ということではなくてですね、私は「そのとき好きな人のことを『世界で一番かわいい』と答える」ことを信念としています。

「かわいい」って「事実+感情」のことだと私は思っているんですね。

「美人」だと、その評する人の美意識だけでなく「顔が整っていること」が最低限必要になってしまいますけど、「かわいい」なら「事実1の感情9」でも成立する、というのが私の言語感覚です。

だから「自分にとって世界で一番かわいい」という言葉は誰にも否定し得ないんじゃないか、と思うのです。

 

だからメガネをかけていようがいまいがうちの妻は世界一かわいい。

まああと、あれですかね、夫婦二人でメガネだとちょっとくどいというか、私のメガネ感が薄れてしまいますしね。

 

 

そんなことを思った花金の帰り道。

これあとで絶対後悔するやつだわ。

でもまあ書いちゃったので一応アップしておきます。

「なに言ってんだこいつ」と思われた方申し訳ございません。

 

 

 

 

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でフォローしよう!