こんにちは。めがね税理士の谷口(@khtax16)です。

 

タイトルはもちろん『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』というスタンリー・キューブリックの映画をもじっています。

(内容はいまひとつ覚えていないくせにもじってみた)

 

私が『肩書きってなんだろうか めがね税理士セルフブランディングを考える』で、「めがね税理士」という肩書きを名乗りはじめて2年が経とうとしています。

 

なぜ私はこれほどに「めがねめがね」とうるさいのか?

 

なぜ私がこれほどまでにめがねを愛するようになったのか?

 

といいますと、実は「キャラをつくりたかったから」という理由以前に、結構まじめにめがねのことを愛するに至る理由があったのです。

 

題名やテーマのわりには案外まじめな話です。面白みもなくてすみません。

 

私のめがねの変遷

そもそも私がどういった経緯でめがねをかけたのかも書いておきたく思います。

 

「わざわざめがね税理士を名乗るぐらいだから、小さい頃からでしょ?」

「いやいや生まれたときからかけてたんでしょ」

というご指摘もあろうかと思いますが、めがねをかけて生まれてきた赤子は間違いなく親に捨てられます。

 

個人的には生まれてきたときからだったらネタとして抜群によかったのですが、実は 毎日めがねをかけはじめたのは16歳のとき です。

 

 

 

結構遅い。

 

 

小学生の途中までむしろ目がよかった

私、小学生のときはむしろ目がよかったんですよね。

たしか目が悪くなってきたのは小学校4~5年生だったと思います。

 

それでも「めがねをかける」という選択肢は当時なく、結局授業に支障が出てくるようになった中学2年生のときにはじめてめがねを買ったように記憶しています。

(完全に記憶だよりなので、多少ずれているかもしれませんが)

 

いずれにせよ中学2年生のときは「授業のときだけめがねをかける」という状況で、めがねキャラにはまったくほど遠かったです。

 

そのまま高校に入って16歳になるまでは「授業のときだけめがねをかけるやつ」でした。

 

それがなぜ「常時めがね」に変わったのかというと、16歳になってすぐ原チャリの免許を取得したから です。

(原動機付自転車。つまり50ccのバイクですね)

 

 

『いかがわしい本をバイト先からくすねる108つの冴えたやり方』でも書いたように、私はアルバイトでデリバリーをしていたのですが、これまでこの記事のものを含めて、

  • 中華料理屋のデリバリー
  • ケンタッキーのデリバリー
  • 寿司屋のデリバリー
  • 郵便配達員

と、結構バイクを使ったアルバイトをしています。

 

自分でもすぐバイクを買いましたし、視力の問題でめがねをかけないと免許が取れなかったこともあったため、

 

「運転のときいちいちめがねかけるのめんどくさい」

「ずっとかけとけばいいんじゃない?」

 

という短絡的な考えでめがねをかけることになりました(浅い)

 

 

常時めがねをかけたらものすごくピタッときた

で、常にめがねをかけるようになったらものすごく感覚的にぴったり来た んですね。

 

私がめがねをかける理由はこれだけといえばこれだけなのですが、ここで終わったら完全に「はあ?」という感じだと思いますので(終わらなくても最終的に「はあ?」かもしれない)、このぴったり感についてもう少し掘り下げてみます。

 

私は中学生の思春期からずっと、

・世界と自分の距離

・理想の自分と現実の自分の距離

に戸惑っていました。

 

 

「世界近すぎひん?」

「世界ぐいぐい来るやん。おれ戦う準備整ってないのにぐいぐい来るやん」

みたいな。

 

(私は「ダウンタウンのごっつええ感じ」という番組の影響で関西弁に憧れを抱き、一時期エセ関西弁を使って母に「気持ち悪いからやめて」と怒られるなどしていた)

 

 

 

まあひと言で表すと自意識過剰だったんですね。

自意識過剰の被害妄想というか(たしか伊集院光さんがこのような表現を使っていた)。

 

「世界から見られているであろう自分」が、理想の自分ではないこと、それも理想から遠く離れた現実の情けない自分であることが、耐えられなかったのです。

本当は世界なんてそんな個々人に興味持たないんですけど、思春期によくあることで、それを過剰に意識してしまい耐えがたいほどの苦痛を感じていた。

 

まったく自分に自信が持てない。

自分の外見も、性格もすべてが忌まわしい。

そんな自分のまま世界と接しなきゃいけないなんて、耐えられない。

 

そんなふうに日々感じていたのですが、でもある日、ふと日々の生活でめがねをかけるようになったとき、自分と世界とのあいだに一枚の膜ができたような気持ち になれたんです。

 

 

「世界から見られているであろう情けない自分」の前に、めがねという存在が立ちはだかってくれたのです。

世界に対して盾になってくれたのです。

 

うしろのほうでめそめそしてるのは変わらないんですけど、めがねのおかげで、私はよろよろとでも立ち上がり、世界と向き合うことができたんです。

 

 

めがねをかけることで、「世界とのあいだに一枚の膜がある」「直接見て蔑まれるようなことはない」と思えてからは、現実の、なにひとつ持っていない、冴えない自分であろうとも、後ろめたい気持ちを乗り越えてそとを歩くことができました。

 

ほんの少し、胸を張れるようになりました。

その「ほんの少し」が、当時の私にとっては決定的ともいえるほどの変化だったのです。

 

そういう意味で、私にとってめがねは恩人みたいなものなんですね。

 

あの、自信なんてまるでなかったあのころの自分を助けてくれた、世界と関わりを持つきっかけになってくれためがね。

 

めがねがいたからここまで歩けた。

 

おおめがね。お前の存在は宝だ。世界に並ぶもののない宝石、時の権力者が欲してもその真の輝きを手に入れ得ぬ宝石、大波にさらわれ、砂嵐に巻き込まれ、怪鳥に連れ去られようともけがれず欠けずに輝きつづける宝石、それがおまえだ。

 

おお、めがねよ。

 

みたいな。

 

 

だから、私にとって「どんなめがねをかけるか?」という問いは大した意味を持たないのです。

 

「めがねがめがねでありさえすればいい」

 

それはつまり無条件の肯定です。

「おしゃれだからいい」「便利だからいい」といった条件つきの肯定ではない。

 

どんなめがねも等しく尊く、自分がかけきれない数のめがねがあればいいとも思わない。

 

ただひとつ、そのときの自分に合っためがねが手もとにあればそれでいいのです。

 

それが、私にとってのめがねです。

 

 

 

おわりに

ふざけた話に振り切ることもできず、まじめな口調で話しつづけるわけでもなく、私のめがねへの恩と愛を語ってみた次第です。

 

一年以上前から一度書いておきたかったのですが、面白い話でもないためなんとなく気分がのらずここまで引っ張ってしまった次第です。

 

あまり評判がよろしくなければ別途ふざけた理由を捏造いたしたく思います。

 

めがね。

 

 

 

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